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プラセンタ療法

21世紀以降、健康面においても美容面においても威力を発揮するとして非常に注目されているプラセンタですが、過去から現代までにどのような変遷が有ったのか【プラセンタ療法の歴史と近現代】までを見て行きたいと思います。

過去のプラセンタ療法の歴史

プラセンタ療法の歴史は、西洋と東洋で分けて考えることが出来ます。西洋においては、古代ギリシアの医者であり【西洋医学の父】などと呼ばれたヒポクラテスがプラセンタを治療に利用したと言われています。

しかし、この西洋医学の父が活用していたプラセンタも、西洋では中世以降忘れられた存在となり、再び脚光を浴びるようになったのは1930年台に旧ソ連がプラセンタの研究を始めてからです。

西洋

一方、東洋においては古くから【漢方薬の一種】として使用されていました。

唐の時代(618年~907年)には「本草拾遺」という医学書に【人胞】【胞衣】という名前でプラセンタが記載されています。

明の時代(1368年~1644年)には「本草網目」に【紫河車】の名前で紹介され、肉体的にも健康的にも効力を発揮する滋養強壮の漢方薬として活躍していたことが分かります。

中国から目を話して韓国に目を向けても「東医宝鑑(1613年)」という医学書の中で【紫河車】が紹介されており、日本でも加賀の三代秘薬の一つ混元丹に【紫河車】・・・つまりプラセンタが配合されていたそうです。

近現代のプラセンタ療法の歴史

上述しているように、西洋では中世以降になぜかプラセンタへの着目が下火になってしまいますが、1930年台に旧ソ連がプラセンタの研究を再開、脚光を浴びるようになります。旧ソ連のフィラートフ博士が「組織療法」にプラセンタ【胎盤】を使用したからです。

組織療法(又は埋没療法と呼ばれる)とは冷蔵して保管しておいた胎盤を幹部の皮下に埋め込んでしまう方法を言います。この方法は現代でも行われており、埋め込まれた胎盤は約1ヶ月で溶けて体内に浸透して行くそうです。
 
しかし、いちいち体内に埋め込むのは時間的にも費用的にも高くなるため、クリニックで行われるプラセンタ療法は胎盤から抽出したプラセンタエキスを注射・点滴により患者に注入する方法が主流になっています。

そして、この組織療法は1950年に日本へ伝わり、組織療法を研究していた医者たちがプラセンタエキスの注射液の開発を完了させて「メルスモン製薬株式会社」を設立。その後、このプラセンタエキスの注射療法は厚労省からも正式に更年期障害・乳汁分泌不全の治療法として認められるようになりました。

これ以外でもプラセンタの研究が行われており、稗田憲太郎博士の研究に基づいて1959年に注射薬「ラエンネック」が登場しました。ラエンネックはメルスモンとは違い、肝機能障害の治療薬として厚労省から認可を受けています。

注射器

また、戦時中や戦後においては栄養をたくさん吸収できるということで内服薬「ビタエックス」が開発されました。まだ高度経済成長期に入る前で、乳幼児や母体の健康を心配した当時の文部省が開発を命令したと言われています。

上記で記載したものにはヒトの胎盤が使用されており、21世紀の現代でも使用・販売されています。

1980年台後半以降になると、プラセンタの美容面に注目が集まり様々なプラセンタ配合の化粧品やサプリメントが販売されるようになりました。これに関しては現在は豚もしくは馬の胎盤が主に使用されています。

ヒト胎盤ではないため、有効性を気にする方も居られますが、新鮮な胎盤を使用して製造を行う限り、その効果はヒト胎盤のものを変わりないと言われています。

以上、プラセンタ療法の歴史と現代でした!

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